私はその日、人生で初めて冷凍みかんを手にした。至極普通に長年生きてきたのにも関わらず、私はこれまで、それを直に見ることが無かったのである。
小説の作中で誰かが旅に出て列車に乗るというような段取りになると、大抵はこの「冷凍みかん」という単語が出てくるのだが、それが何故なのか今までは全然わからなかった。本のなかの旅人は連れ合いに云う。または地の文で独りごつ。「やはりこれが無くてはね。旅に出た気がしやしない」
当たり前のように云う旅人たちを私は羨んでいた。老夫婦が東京で、若い敏腕女編集者が青森で、鉄道マニアの男が島根で、同じような科白を放つ又は地の文で滔々と述べる。そのよどみなさは、水族館に行ったららっこはそりゃあ見ておきたいよ、といった具合だ。らっこと水族館のことなら私にも判るのだが、冷凍みかんに関しての諸々は難しい。読んできた本のうちには色々な鉄道旅行が登場したが、少なくとも国内の旅行であればしばしば彼らは売店で冷凍みかんを購入している。最初に読んだときは創作のなかで空想の内に出来た物であってそんなものは無いのだろうかとも思ったが、様々な種類の相互に関わりのない作家たちがこの文章を書いた本を出すので、そういうわけではないようだ。アサヒ生の缶と鮭冬葉とチーズ鱈を鞄から出した女は最後にやはりこう云って締め括る。「そうそう、冷凍みかんも買ったのよ。やっぱりね、これがなくっちゃあ、そうでしょ?」
*
冷凍みかんとはどうやって持ち運ぶのだろう。冷凍庫や保冷ボクスを持ち歩いているわけではなかろうから、タオルハンカチなどに包むのだろうか。上手いこと想像出来ないのであるが、懸念するのは、何しろ「冷凍」なのだから溶けてくると周りを濡らしてしまうだろうということだ。だからタオルハンカチのような物が必須ではないだろうか。この考えに曲がりはあるだろうか? カチカチに凍っている状態のままではなく、少しだけ溶けて柔らかくなったものを食べるのだろう、そうだろうとも。
いや、あまり判らない。
*
私はその日、人生で初めて冷凍みかんを手にした。
事の起こりは、知り合いの詩人だった。際立った知名度はないが、時折詩誌に詩が掲載されているというような人物だ。その詩人の、しかし詩ではなく或る新聞の日曜版に掲載されていた随筆文を読んだのだった。その新聞を私は購読してはいなかったのだが、彼がわざわざコピーした物を郵送で寄越したのである。なんでまた、という気持ちもあったが、彼は葉書にぽろりと詩とも日々の所感ともつかないものを書いて唐突に送ってきたりする人物なので、まあこんなこともあるだろうと思っていた。彼と私はそんな気のおけない仲なのだ。或るとき便箋にうわばみと象の絵だけが描かれた封書が舞い込んだことさえある。「レ・プティプランセ」のあの挿絵を模して描いたのは明瞭だったが、唐突にも唐突が過ぎる。確かに彼と私は過去に同じゼミで「Le Petit Prince」を精読していたのだが、そんなことで合点がゆく筈がない。現実と困惑の折半案はただ、彼は気まぐれなのだ、ということだ。彼は気まぐれで、そして少々筆まめな人物である。一般の筆まめとは異なる筆まめ具合だが、私は毎度毎度の葉書や封書をまったく迷惑には思わず、むしろ愉しい気持ちで目を通してから文箱に重ねて入れていた。
しかしその随筆のコピーの紙片は、読み終えて仕舞ってお終いにするわけにはいかない点があった。彼もまた、あれのことを書いていたのだ。
「U駅に着くと私は売店で冷凍みかんを購入してから特急列車かなりやに乗った……」
私は何度も紙片を読み直して、戸惑った。随筆なのだから実体験か実体験を基にした話なのであろう。イニシアルで書かれているU駅もたぶんあの駅ではないかと該当する駅があるのだが、私はその駅に冷凍みかんが売っているということは知らない。U駅だと思しきその駅から列車に乗ったことは何度もある。しかし売店でみかんを見たことはついぞ無い。特急も新快速も停車する大きな駅だ。が、大きな駅とは云えども私が全く知らない売店があるとは考えにくい。どうやって彼は、冷凍みかんと出逢えたのだろうか。
*
「少し酔ったかな」
彼は上着を脱いだ。繁華街にある呑み屋で、彼と私は夕食を共にしていた。彼の前のゴブレットが空っぽである。
「お代わりか……いや、一寸冷たい水の方が良いかな」
「や、うん、いや、電気ブランで。ソーダの」
彼が云うので私は店員を呼び止めて、私が食べたかったトマトと、彼の電気ブランのソーダ割りを頼んだ。
「トマトが旨いな」
「夏だからね」
「少し酔ったんじゃないのか、電気ブランでいいのか」
彼はわらって大きなジョッキを傾け、ぐいとのんでから云った。
「これはチェイサーみたいなものだよ」
「そうかそうか、そうかそうかそうか」
彼が酒好きであることは知っているので、私は軽く受け流す。悪質な酔い方をしないことも知っているから、安心している。
「前にうわばみの絵を描いたときはしらふだったのかい?」
わたしは一連の手紙のことを思い出して尋ねた。
「あはは、あれは帽子の絵だよ」彼はわらった。「大人たちは揃ってそう云うのさ。象とうわばみなのにね」
それは単なる、あの本の冒頭に出てくるエピソードだ。
「きみはあれを最近読み返したのか?」
「いやいや。そうじゃなくて、ぼくは少し歳を取って、どんどん嘘つきになっていっていてね、ただそれだけのことだよ」
彼は笑顔で云う。瞳に店の蛍光灯の光が映っている。云うことはあまりすじが通っていないのだが、憎めない男だ、と私は思う。そして、うわばみ若しくは帽子問題よりももっと知りたかったことを切り出そうと、彼の取り皿に残りのトマトを入れてやってから、居直って云った。
「実は、駅で冷凍みかんを売っているのを見たことが無いんだよ」
彼の眉が少し動いた。彼は目をきっちりと開くようにして私をみつめた。焦げ茶色の瞳がさっきより鋭く光っている。
「……気付いたんだね」
「気付いた? 何のことだ?」
「きみもぼくの同類になるね」
彼はわらって、焼酎ロックを、と通りがかった店員を止めて注文した。電気ブランのジョッキはもう空いていた。
「きみも嘘つきになるかも知れないよ」
彼は躰を捩って嬉しそうにしている。今日の酔い方はちょっと羽目を外しているのだろうかと、私は思った。
*
冷凍みかんを手にした話は、これだけである。
*
「如何にもそれらしく、描写するだろう、小説家の連中とかはさ、」彼は酔っ払ってはいなかった。ひとしきり自分で嬉しいかおをしたあとで、酔っているどころかむしろまったくのしらふのように冷静に戻ると、きちんと説明してくれた。「それらしくね、本に出てくるだろう? だからね、拝借してみた」
彼は、ちょっとした悪戯を告白するように、云った。
「きみも今度ちょっと書いてみてご覧よ。どんな本もそんな風にさ、有りそうなことを書いた作り事から拝借して回ってるのさ。冷凍みかんなんて、なんだか趣きありからん言葉だろう? だからさ、みんな揃って拝借し合いっこさ。請け売りが回りに回っていくから、真実がわからないままに、誰もが述べてみようとするんだよ。ほら、次はきみが書く番だね」
彼は私に、そういう風にして冷凍みかんをくれたのだった。
私は今度書いてみる、と云って礼を述べた。
「ぼくらどんどん嘘つきになっていくね」
彼は嬉しそうだった。
冷凍みかんのことを書いたので、私もちょっとした嘘つきになった。嘘つき人間ではあるが、それと同時に素敵な詩人と友人である私は仕合わせ者でもある。
---Le plus important est invisible---