Komma usw.

背後にクロチネさんがいる。

手帖

 兎にも角にも、今日終えたタスクを、これが出来た、これが出来た、と手帖にメモする。
 出来なかったことは書かない。多過ぎるから。
 ときどき、メモ出来なかった、という事態も在り得るので困る。

 夕食に、讃岐うどんを食べた。冷やで肉ののった。このことは書こう。


 

 

 誕生日に貰ったトラベラーズノート
 は、まだあまり活用していなくて、リフィルにかった、カ.クリエのA4/3ノートの使い心地が良い。


      

3.11姪5才

 3.11は姪の誕生日でした。幼稚園生ですが、小学生のお兄ちゃん(私の甥)が学校の授業が無くなったので、姪も自主休園しているらしいです。「mちゃんらしいでしょ」と実家のひとたちの声は笑いを含んでいて、私が子どもの頃は微熱でも頭痛でも登校させられていたことをふと思い出してインナーチャイルドが一瞬燃えましたが、mには罪は無く、むしろ良いのです。


甥一才

 再建に東北へゆく弟に乳児の甥の健康を問ふ

 甥が生まれた頃、建築会社に勤めていた弟は、東北の再建工事の為に転勤になった。未だ入れない地域がある場所に近い場所に乳児だった甥を連れてゆくと知って流石に気に掛けてしまった。結局身内のことになると気にしてしまうから私は卑近だと思う、当時も思った。



三月十一日姪二才

 黙祷といふより二才児が初めて食べたチョコレイトそれが希望

 弟と義妹が子どもを連れて京都に帰り、姪が生まれた。
 2歳の誕生日、初めてチョコレイトを食べて嬉しがった、ということを聞いて、なんだかそういうことに希いを見出してしまう。



三月十一日姪五才

 今年の誕生日、彼女は何を初めてしたのかというと、いちごを食べたとのことだ。ケーキのうえのいちごを摘まんでから口に運び、美味しそうに破顔し、酸っぱさにおどけたかおをした連写の画像が母から届く。



     ○

 TVを観ないし新聞もとっていないので、震災関連の情報は家には少ない。大阪が震度5に揺れ、食卓の下でtwitterに「ゆれた」とポストしようとしたら(ツイ廃かな? そうかもね)関東在住だと知っているひとたちも「凄い揺れ」とポストしていて、何処から何処まで揺れているんだ、ただごとじゃないな、と思った当時もTVをつけなかった。原発に関しては、今も本を読んだりして、現在進行形でいるので、何かを憎んだりはあまり出来ないけれど、強く祈る権利も無いのかも知れない。私はただ単にひとがわざわざ病気になったり死んだりすることは減って欲しい。それだけだ。

 とても感傷的でそのうえ個人的なのだが、東日本大震災が起きた日のことを、私はきっと毎年、姪の誕生日と重ねて更新してゆく。靴下を履けるようになったこと、自転車を買って貰ったこと、チルチルミチルの役をしたこと(幼稚園の劇は現代っ子らしく主役が5人いて、5人ともチルチルミチルらしい。どうかしている)、髪を伸ばしていること、写真を撮られるときに美少女戦士のアニメのようなキメポーズをすること──そしていつかそんなことはしなくなるだろうということ──。夏祭りと祇園祭の甚平は、今年は浴衣に代わるだろうか、きっと兵児帯で……。
 初めて食べるものが美味しくて笑っているかお。
 嫌いなものを口に入れてみたときの泣きそうなかお。
 食わず嫌いだったものを食べられるようになった日のこと。
 何か苦手だったことが出来るようになること。
 何かが苦手であっても赦しのある世界を、彼女が見つけること。
 私は小さく個人なので、もっとひとに歓びを与えられる人間であればそれは良かっただろうなと思うけれどあまりそう大したことが出来ず、どちらかというと不快にさせたり、ただ独りだったり、それなので、私の希望も個人的なまま、今年も三月のある一日は過ぎた。何の優しさも救いも意味さえも無い雑記で申し訳ないです。でも私は、世相が一層悲しみに溢れるあの日、頬を生まれて初めてのチョコレイトで汚して、甘いあじに笑った幼児のことで、未来に光を見つけたりもするんだ。みたいな、話を書こうとしました。

      
         

おひな祭り

 https://www.instagram.com/p/B9SNlMQDHIj/
 https://www.instagram.com/p/B9SNlMQDHIj/


 実家から写真を貰いました。
「お人形がずっと箱のなかだと可哀想だから」と、段は組まないのですが人形は毎年出して貰えているようで、ありがたく感じます。
 お人形は良いんだけど……ペコちゃんのマトリョシカもまあ良いけど……あの鳥は何だね? 何処からきたのかね?(黄色い方はフライングタイガーのもので、ボタンを押すと音楽を流し鳴きながら走り回る設計の可愛いヤツです)
     

Tw300字ss「乳飲み児の思いで」

 おくるみを縫ったことが二度ある。ダブルガーゼの布製で、姪たちのものだ。もし冬だったなら極細ウールで編んでいただろう。考えると少しうっとりする。私は子を生まないが、手芸が好きだ。たぶん、乳児も幼児も好きだ。おくるみなんて手作りしても、ほんの一年使うくらい。若しくは白い繊細なレース編みのベビードレス。それを手編みして母になったひとを知っている。そんな苦労する編み物を着られるのもつかのま。
 私の母が「これだけは捨てられない」と小さな黄色い長靴を見せたことがある。きっと私が履いたもの。それもつかのま。
 母が子を愛するのとは別の心で、母たちは赤ん坊と過ごした日々を大切に抱き続けているような気がする。

(300字)

 

     

    



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