fish
睡るような姿勢のまま水のなかでストロォを咥えて
奥歯で噛んだりしていた
午後
水面が揺らいで
世間がその向こうにあって
けれどこのガラス窓を通れるのは陽のひかりだけ
そして夜の闇だけ
ねえ
きみはこの部屋が好き?
紅いさかなは炭酸水のストロォを噛みすぎて
唇で弄んで
捨てた
きみは小説を書いていた
私がさわるのは
すいぞっかんみたいなMacBook Air
エアー
Air
だって
可笑しいね
この部屋が好きだよ
白い壁紙も好き
窓辺に空の鳥籠を吊るし
ガラスで光は回析する
二匹のさかなは米を食べる
私が炊いた、または
きみが炊いた米
それを終えるとそれぞれ
私は斜めに寝たり
きみは本を読んでいる
骨が
もう
痛くないかも
手首まで
もう消えたかも
ちょっとだけ白い名残りが
すじになって
骨が肺に突き刺さった
小さな透けるさかなの二匹として
鏡のなか低い音で息をしている
泡がくぷぷ、と浮かんで天井まで上がって壊れる
綺麗だね
あれが私たちの呼吸
呼吸だから 綺麗だね
でも
泡が無ければきっと綺麗だから
私がいなければもっと世界は綺麗だ
から
かおを伏せると
きみは僕を撫でた
涙はこぼれない
もう
泣き過ぎたし
この部屋は
水中の都だから
寝台に官能とは異なる安穏を見出す為に
周りに優しく振る舞うように努める
黄色いひよこのさかなを
私は撫で続ける
そういうぬいぐるみなので
きみは
桃色のぶたの海月が遊泳しているので
キャッチする
そういうぬいなので
おはじきがきらきらきらきら
透明な群れになって流れる
ねえ、さかなたちは共犯者
グルなんだよ
骨が肺に刺さって痛んでいた頃のことをもう
思い出せない
良い部屋だよね
きみだけで生きていても
こんな部屋に辿り着けたような気がするが
私はかつて独りでは
置かれた場所から動かしにくい草だった
今の私は赤く透ける鰭を揺らして
ベランダで詩を読んで眠っている
陽が
おちる
(初出:抒情詩の惑星「部屋のさかな」 2021年12月06日)