Komma usw.

背後にクロチネさんがいる。

「『春眠』の頃」

      
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「飾り窓のお姉さんを初めて見たのは、春だった」
 T先生は紙束の一行めを声に出して読んで、あたまを抱える真似をした。
「また貴女はこんなことを書いて」
 私は不登校の大学生で、T先生は私の通っていた、学生課併設のカウンセリングルームのセラピストだった。私は週に一度、T先生の面接を受ける。
 講義に殆ど出られなくなっても、面接の為には登校した。私は当時それまで書いた短篇たちを纏めて印刷してみていた。小説を書く人間として生きるのかどうか、未だ分からなかった。
 アムステルダムの飾り窓のことは、そのとき私は知らなかった。無知だったのだ。先生は私を買い被っていたのではないか。
 あの頃面接の一時間が、私の心の拠り所だった。



 



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