Komma usw.

背後にクロチネさんがいる。

『ルリ色のルリ』

『ルリ色のルリ』


「意外だね」で文章を始める。

 と、僕が書き始めたらオルゴールのルリは可笑しそうに体を揺らした。
「そうじゃないでしょう?」
「え、違う?」

【「意外だね」彼は云った。】

「こういう風に始めなさいっていう意図の課題じゃない?」
「そうなの?」
 僕はデリートに触れる。やり直すかな。
「意外だったな」
 でも学級で同じことになったら、過半数は僕のように書くんじゃないだろうか。そう思ったけれど今日はノイズが多いから自室待機日で、僕はステイションの部屋にルリとふたりで居た。羽毛布団と変わらぬ軽さと温かさ、と謳われたセロファンを纏って、学級の課題を片付けるふりをしながらうつらうつらしていた。羽毛布団って何だろうな。
 今日のルリは青紫色をした花の髪飾りを付けていて、同じ色のワンピースを着ていた。僕が七歳のときに貰った記憶を語るオルゴールドールのルリ。
「瑠璃色の服なの?」
「この花は、リンドウだよ」
 ルリはそう云い、パネルに実際に花が棲息している画像が映った。
「これがリンドウの花」
「瑠璃色だね?」
「えー」
 ルリは唇を曲げた。
「違うよ」
 パネルにはウィンドウがもうひとつ開き、リンドウに似ているような違う色彩を表示した。
「瑠璃はこれなの! 瑠璃色は……」
 ルリはその色を16進数で表現する。それから少し俯いて、次にウィンドウがまた開いて、躊躇いがちにルリは続けた。
「リンドウの色は……これ……」
 16進数。
「これ……だけど、これじゃない。個体差がある」
「え?」
「咲いた花の色には個体差があるから、決定した数値が……使えない」
 ルリはそこで少し黙ってから、続けた。
「ルリたちとは違うんだね」
「個体差のこと?」
 僕は考えてみた。全員が同じ身長、体重、血圧、脈拍数をしている僕の学級の子どもたち。そして、与えられたセピアオルゴールのルリ。
「わたしたちは、フラクタルだから……」
 何故かルリは悲しそうで、僕はルリの心に届きそうで届かない僕の思考順路を残念に思う。
「それぞれ違う方がいい?」
「ルリの肌の色は分かる?」
 僕は16進数でそれを答えた。
「自分の肌は?」
 僕の身体の色も、16進数。
「あのね」
 ルリは云った。
「地球に居た人類はそうじゃないの。1色に決まってなんかないの。よくよく見たら複雑に混じり合った色の肌なの」
「そうなの?」
「それが、細胞だよ」
「でも、」
 僕は考えてみた。
「それってちょっと気持ち悪い気がする。ぐちゃぐちゃの色が混ざり合って顔とか身体があるなんて」
「細胞はそれだけじゃないよ、地球ではDNAがあったし」
「あー……」
 僕は小さい頃に教育機関で観賞させられた内容を思い出した。
「でも、やっぱりそれは」
「でも、何」
「不均一過ぎる気がする」
「不均一、だめ?」
アポトーシスも起きる」
「起きる」
「整合性に欠ける」
「きみは統一感が好きなのかな」
 ルリは僕を見つめた。
「どうしたの?」
 僕は自分でもよく解らないことを云った。
「違っているのが、均一なの?」
 ルリが僕に頬を付けた。掴まれた僕の両腕は固定され、見えない何かに掴まれた僕の心は浮遊する。ルリは囁く。
「川がね、流れていた。地球には。それはもう、幾つも。数えるっていう概念とは違うの。最初は渓谷の湧水のようなもので、たとえるなら毛細血管みたいな、それが上流。細いせせらぎ。山脈の岩を運びながら川は下って、交わって深く広くなっていくの、中流、流水が運んできた山の石は研磨されて丸くなっていく。そしてね、下流。どれひとつとして同じ形は無かった岩が、そこでは粒子になっているよ。砂だね。川は海へと繋がる。もう、それぞれの川じゃないよ。海はひとつだけ。勿論、詳細にデータを取ったら水質には差があるよ。でも、ぜんぶ海なの」
「ルリ?」
「川は均一化されたと思う?」
「どうだろう」
「岩は? 石は、砂は?」
「……」
「分解しても果ては無いんだよ。原子核の向こうまで、わたしたちは来ちゃったんだもん」
「ルリ、どうしてしょんぼりしているの」
「瑠璃色のコードは単なる定義。きみたち月の子どもだってね、ううん、地球にいた人間も、というより地球の物質すべて、全部異なるの。それでも解析するとぜんぶ同じなの」
「ルリ、元気が無いの?」
「地球の記憶、思い出し過ぎちゃったみたい」
「少し休みなよ」
 例の羽毛布団とのセロファンを肩に掛けてやる。
「うん」
 ルリは弱く微笑んだ。

 やがて死にゆく星のその死は、死ではなくて只のプログラムだ。氷雨の電磁嵐の警告通知が届いて、僕も目を閉じた。







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