「火は綺麗」泉由良
私は躰が昂ぶってゆくとき
透明になるような感じをおぼえます
躰の隅々まで興奮の潮が満ちるときに
自分の指先や蹠の皮が
無くなってゆくような心地がします
震える声音からも急速に色のうねりが引いてゆき
冷めない両手両足、腰、心肺、内臓、体液、脈拍、
すべての所在が薄れていって
頂点に達する私は誰にも見えない透明なだけのものに
変形を完了するのです
*
私の左の後頭部の部屋にいる
彼女はピアノを弾いています
そこはレッスン室で彼女の向こうには大きな窓が広がり
音律に合わせて少し躰をよじりながら彼女が這い進む曲はアラベスク
覚束ないそのシルエットをみつめていると
彼女は目を薄く瞑っているようです
その躰の形は白く淡く
窓から射し込む烈しい太陽で
彼女が分解し始めるのが分かります
*
赤や黄色ならまだ低音だから手をかざせる
青い炎は少々熱いので長いことは触れない
そして青の中央に揺れる透明は一番高温なので遊んだら禁止です
アルコールランプは黄色くらいしか点かないので
妹はガスバーナの方が好きでした
私の右耳にある理科室で
興味津々に身を乗り出していました
私が「危ない!」と声を出すより先に
あの子の前髪に火は燃え移り
悲鳴をあげる私と
けらけらわらう妹
透明なところが、一番熱いの、ね
ねえお姉ちゃん
お姉ちゃんのノートに書いてあること、本当だった
焼けると空中に飛んでゆくわね、お姉ちゃん
烈しく
もっと烈しく
そして烈しく
私は頭の中に住まわせている幾人もの少女の面影を
清算する必要があるのではないかと恐れています
妹は髪だけでなく顔じゅうに酷い爛れを負って
レッスン室の彼女は食事も摂らず
光に透けるように、光に透けるように
何週間もピアノを弾き続けている
*
線香花火が綺麗
花火のなかで一番好きだ
ほんの薄い音を立てて輝く小さな火花
幽かにに土手を照らす火を手にした面影たちが
順々に透明になってゆく
人影のない路地裏で
暗闇のなか私は最後のひとり
花火のために灯していた小さなろうそくの
とてもよわよわしい火はとても綺麗
まだ消えないで
いってしまわないで
私は涙を流しながら
綺麗な火の宿る
ろうそくの心を切り落とした
火の玉もやげてみな消えた
(2011.08.20 合評合宿 in Necotoco 提出作品
改稿原稿は電子書籍『Lost girls calling.』の掌編に合わせて収録)

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