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背後にクロチネさんがいる。

「犬三匹と果物ナイフ」

犬三匹と果物ナイフ


犬三匹と静かに歩く貴婦人が
真夏の夜を真っ直ぐに横切ってゆく

一万、跳んで、ソー、スウィート
一方、跳んで、ソー、スウィート
駄目だなあ、勘定が合わないなあ

何度も数えるパーラーで
果物ナイフを握り締め
閉鎖前には帰り たくって
泣きそうになっていることは知らないふりふり
ふりふりスカートの破を伸ばして
果物ナイフをまた握る

ウォッカにグレープフルーツ絞って呑んだろ、その分数えてないよ」
ああ、そうだっけ

一万跳んで、ソルティ・スウィート
レモンは絞ったんだっけ
違う、齧ったんだったかな
ああ、もう、泣きそうだ
 
果物は彼が剥いてくれるもの
そうと決まっていた筈なのに
彼の指から甘い果汁だらだら
差し出されるのを咬むものと
思っていたのに今になっては
パーラーで勘定を数えている
こんなにみじめになるなんて

みじめにみじめにじめじめに惨めじめじめじみめに

犬三匹と静かに歩く貴婦人が角を曲がるまで見送った
貴婦人はこうべを垂れていた
犬三匹は血統書付きのかおをして
やはり貴婦人に倣って下を向いていた
きっと何かの葬列なのだ
弔って欲しい果実の甘い記憶

ナイフを空気に突き刺すと
すこしだけ呼吸が出来る気がする
白桃桜桃ラフランス桜んぼデラウェアいちじく
ざくろラズベリィいちごいちごいちごいちご
春の始めから秋にかけて
果物はみんな
彼が食べさせてくれたものだった

今ではひとりパーラーで
果物ナイフで刺しころす
ひとりになった夜だった



         

(2008.10『箱詰め女子』)



      



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