Komma usw.

背後にクロチネさんがいる。

『ウソツキムスメ』より試し読み♪(2)

 ウソツキムスメ


 試読記事続きです。

「ナナンタさんの鈴の音」

 ナナンタさんは、何歳なのだろうか。
 わたしがお母さんの突っ掛けを履いた為に道で転んで、アスファルトの道路だったので擦り傷ができて酷く血が出たとき、ナナンタさんは小走りに駆け寄ってわたしを支え、自分の家の玄関先に招き入れてくれた。そこは祠の後ろに隠れた寂れた家なのだが、ナナンタさんはべそをかいているわたしのほっぺたを両手で挟んで、
「ひなかちゃん、痛い?痛かった?だいじょうぶ、だいじょうぶよ」
 と、云いながら、傷口を消毒してくれた。
「痛い?」
「痛い……けど、へいき……」
 ナナンタさんはランドセルを下ろすのに手を貸してくれ、桃色の紐の付いた銀色の鈴を家の奥から出してきて、わたしの手にのせた。
「あげるわ」
 わたしが手を揺らすと、鈴は、ちりり、と鳴った。
「いいの?」
「もう痛くならないように、怪我をしないように、ひなかちゃんにあげるわ」
「……ありがとう」

 ナナンタさんのことは、そのあたりの子どもはみんな知っていた。ナナンタババア、と呼ぶ子もいたし、ナナババさん、と云い慣らす子もいたけれど、わたしは、ナナンタさん、だと思っていた。


「春眠」

「『──花の咲かない頃はよろしいのですが、花の季節になると、旅人はみんな森の花の下で気が変になりました』」
 小さな声を出して読んでみる。もう一度、繰り返してみる。
「気が、変に、なりました」
 私はいつからか気が変なのかも知れない。
 外は春特有の白っぽい夕暮れだった。私は飾り窓の傍の椅子で坂口安吾を暗くなるまで読んだ。
「気が、変に、なりました」
 夜だからワインでも飲むといいかも知れない。ロゼのスパークリングワインがいい。
 冷蔵庫からそれを出してきてグラスに注ぎ、長いストロォで飲んだ。随分旧いストロォで、ぴんく色をしていて、途中でト音記号の形に曲がっているのだった。ワインはあかく、ぴんく色のストロォのなかを回転しながら私の口許まで昇ってくる。ト音記号に回転しながら昇ってくるワインなんて、気が変だ。
「気が、変に、なりました」
 私はもう一回くちに出して、そう云った。


 『ウソツキムスメ』私家版は22日、文学フリマ京都に(於:京都市勧業館みやこめっせ)にて600円で発売開始、2月あたまにはAmazonにて、紙書籍版と電子書籍版とを販売開始予定です。14歳〜22歳のあいだに書いた8篇を収録し、文庫化にあたって加筆しました。どうぞ、ご注目くださいませ。


 


   


    

 

『ウソツキムスメ』より試し読み♪(1)

 文庫化にあたり加筆した新刊『ウソツキムスメ』より、部分引用を記載します。ご試読くださいませ。

 20170112203637


アイネ・クライネ・ナハトムジーク

 テーブルの近くに落ちている、つめたい日溜まり。
 こころのなかで呟く。
(この家には微笑家がうようよしていやがる、)
 ああ、これは、蒼也くんの声だ。
 
 腐乱と憎悪。


  □


 私は部屋を出て、白い廊下を歩いて別の部屋の扉を叩いた。
「左近です」
「ああ。お早う。彼女の調子はどうかな?」
 部屋に入ると、先生が振り向いて云った。私は細く息を吸い、落ち着いた口調を心がけて報告した。先生には優秀な学生だと思われたい。
「比較的元気です。現在のところ認められている人格はふたりです。十八歳の少女である赤岸もな美、それから蒼也という十一歳の少年」
 私が云うと先生は可笑しそうにわらった。
「残念ながら、それでは成績は、可しかあげられないだろうね。ほんとうは、三人居るんだ」  
「え、だって、そんな……」
「人格はふたりじゃない、三人居るんだ」
 モナミ、蒼也。それから、
「……私は誰ですか?」



「海に流す」

「私が最期に逢ったのよ。その夜あのお店で食事をして、別れた直後。車に乗って、突っ込んでいっちゃった」
 彼女はふわふわと中空を見つめ、不自然に赤みの差した唇が言葉を紡いだ。
「あのひと、今、何歳なんだろ、」
 彼女はそれ以上、それについては喋らなかった。僕は一瞬かっとなって「あのひと」に烈しく嫉妬した。でも、黙っていた。

 僕たちは堤防の先端で、低い空からこぼれる水が、海のかさを眼に見えない速さで増やしてゆく様を眺めた。僕は海底に沈む、「長くて高くてかっこいい車」を想った。それから海に沈んでいる他の沢山の品々のことも。豪華客船とか、宝石とか、ラムネの入っていた薄緑色のとか。でも海は広いから、そんなものは微量にも満たない。
「いくら海が大きいからって……、」
 彼女が云う。怒るというより傷付いたような口調で。
「あんな車で突っ込んじゃいけないと思う」
 白いやわらかな頬を涙がつたい落ちた。
「どうしよう……」
 彼女は躰を曲げて涙声で呟いた。
「どうしよう。私は嘘ばかりついている……」
 彼女は僕の首に腕をまわして、いっそう泣いた。
「このつけはいつ回ってくるの?……そう思うと怖くて怖くて、それを先延ばしにするためにまた嘘をついているの。このつけはいつめぐってくるの?罰が与えられるのが怖いのよ。このつけはいつめぐってくるんだろう……」
 僕は彼女の傘が地面に落ちてしまったので、自分の傘を彼女の方に差しかけた。困惑して何も云えなくなる。砂の上に転がった派手な傘。

「正直な目なんて……」

 僕はなんと云おうとしたのだろう。
  

「嘘をついたことある?」
 と、彼女は訊いた。バス停の屋根付き待合所のベンチに並んで座って、泣き止んだ彼女は僕の肩にあたまを凭れさせていた。
「あるよ。勿論あるよ。いっぱいあるよ」
 僕は答える。
「いちばんはじめに犯した罪を、憶えている?」
 彼女は訊いた。
「一番最初?」
「生まれて初めての罪、」


     

「冷静」

 火の道、鬼のような慟哭、赤身を残す焼いた肉、その肉汁とナイフ、フォーク、冷静でいればあなたがたは存在出来る、わたしは冷静でなくなった暁にはあなたを全身で受け容れよう、夜が明けるまで
 歴史は繰り返す、過去も繰り返す、あなたはいつまで冷静なのだろう、わたしはいつまで立脚しているのだろう、鬼のように冷静な慟哭、火の道、あの夜が明けるまで過ごした火の道、壊れていたきみ、過去はまた来る

火の国、また氷結せよ、雪…………から…………雪………へ………


    

MV『浴槽プランクトン』

 

 2017/01/14 に公開

 MV監督:二宮ユーキ
 装飾:さいあくななちゃん
 作詞作曲:ヒロネちゃん

 ピンク色の絵をたくさん描くひとであるさいあくななちゃんが作った、青い空間。
 さいあくななちゃんのことは、末の弟が教えてくれて、Tシャツを持っていたりします。ライヴをするときに着ていると可愛い服だねってよく云われる! 嬉しい♡ 姉が云うのもなんですが弟は結構良いヤツなので、XLで買って暫く着ていたそのTシャツを、くれたのでした。半年間着て、また半年着なよ、と云って返しました。きょうだいあい?
 ヴィレッジヴァンガードで買えるのですが、アーティストデザインのTシャツはそのへんのAEON的な店舗のヴィレッジには全然無くて、純然たるヴィレヴァンに行かないと見つけられません。

    



    

エッセー・うっすら光る遠い途

うっすら光る遠い途 -Mathmatic Mathmagic-  


 努力をしない生徒だった。この出だしを書いてから暫し努力という言葉が何を意味するのかも判らず、ゲシュタルト崩壊するしか無いほどに努力をしない生徒だった。私にとっての努力とは往々にして暗記だ。自然に記憶することについては頓着しないが自分に強いて暗記を行うことは無かったので、そんな生徒では数学しか解けない。これまで[生徒]と書いているが、つまり高校生までの話である。
 至高数学天、というものをいつもふんわりと思い浮かべていた。数学の途を真っ直ぐに辿ってゆけば、至高数学天なる場所にいつか到達するのだと思っていた。高校生にして夢見がちである。私はただ、本当に、至高数学天にゆきたかった。数学を志せばいつか到達出来ると思っていたのだ。
 でも、絶対にそこにはゆけなかった。私が数学について全く真摯でなかったわけではない、ただ私は足りなかった。高校の恩師は国立大学の理学部に居たあと自分にはセンスが足りないと感じ、高校の教師になったひとだった。塾の先生はオランダで数学を修め、そして帰国して……一塾講師となった。
 彼等が(努力もしなかった私のことは兎も角)凡人だったわけではない。
 ただ、その未知なる途は本当に永いのだ。ピタゴラスアルキメデスも、ガリレオガリレイも、新潮文庫で名高い「フェルマーの最終定理」のフェルマーも、数学の最終的な結論には達していない。
 最終的な結論?
 何処迄行っても、この世界にはまだ先がある、と知ったときに思い知るものは何か? それは挫折と呼べる。果てが無いことと目的地は決して見えないこととの同義性。数学を少し始めればすぐ判る、その世界が無限だということは。私はいつか挫折するのだと知りながら生きる。本当に、誰も、最終的な答えを数学に見つけることなど無い。ゲームではラスボスを倒せば良いが、ここでは誰もラスボスなんかに会えない。何処かで、ここまでは自分は辿り着いたと、道標を遺して人生を終える。なんて儚いこと。儚い一生を、生き始める最初から、見据えて生きる。まるでおとぎ話のように。自分の人生が自分のおもちゃであるかのように、目的の宝物のことばかりに気を取られず何処をどう歩むかばかり考えて生きる。
 皆、有りもしない至高数学天を一瞬夢見ていたのだろうか。果てがないと最初に自ら証明式で示した途を歩んでゆく、数学者。皆が皆こうあれぞかしとは云えねども数学者はいとおしい。誰もが何処かで道標を遺して消えてゆく、遥かな道の最初でもう進めないと挫折した私も、構成のなかの一瞬だったのだ。それは私も単なる、大きな時間のなかの多くの生物のなかのひとつだということに、よく似ているのだ。



(初出・YUTORI TIMES / TNBG寄稿 )  

短歌の目12月練習

 1)おでん

おでんの日子どもの私は偏食で卵たべたいもっと食べたい

 2)自由

自由自在そういう名前の檻のなか思惑だけなら何処までも飛ぶ

 3)忘

忘却も四十九日を過ぎた朝祖父の遺影と語りあったり

 4)指切り

この恋は指切り程度の恋だから指切り程度でお別れしましょう

 5)神

神道の作法を知らない僕だからキリストさまに柏手を打つ

テーマ詠「冬休み」

 小学生百人一首を暗記して冬休み後には大会がある

 休日は凍った空気を鼻に受け蒲団でだらだら時間が経つよ

 お雑煮にお餅を幾つ入れたいか冬休み毎に増えていったり

 冬が来て「冬休み」なるものがくる明日には「明日休み」が欲しいよ

 元旦にはしゃいで作った雪兎溶けていったら休みの終わり

  



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